左上にJRPSのロゴマークがあります。三重県網膜色素変性症協会

私たち自身で 治療法の確立と 生活の質の向上を目指す

私たちは、公益社団法人日本網膜色素変性症協会
JRPS(Japanese Retinitis Pigmentosa Society)の
都道府県別網膜色素変性症協会です
■お知らせ・イベント情報

●会報第21号を掲載しました


●鈴鹿青少年の森で 秋の交流会を終えて
佐藤 好幸
 今年の秋の交流会は11月12日(日曜日)鈴鹿の青少年の森で開催されました。
当日は、心配していた天候も雲一つない好天に恵まれ、会員17名付添15名とたくさんのご参加を得て無事終了することができました。ご参加のみなさまご協力ありがとうございました。

 午前中は、芝生広場で開会式を開催し、そのあと1時間少々の園内自由散策を行いました。多くの人達はちょっと起伏のある初秋の園内を散策されましたが、中には広場でよもやま話を楽しまれた方もあったようで、それぞれ楽しいひと時を過ごされたようです。
 お昼には 再度芝生広場に集合し、持参のお弁当とあわせて差し入れのお菓子などいただき、辻本さんが持ってきてくださったギターに合わせてみんなで四季の歌などを歌い、楽しいひと時をすごすことができました。

 そのあと園内の青少年センターに移動し、講演会と交流会の開催です。講演会は、地元鈴鹿にちなむお話とのことで、「大黒屋光太夫について」のテーマで大黒屋光太夫顕彰会の会長さんと事務局長さんに45分間ほどお話を伺いました。

 光太夫はただの漂流民ではなく、帰国までの10年の間にロシア各地でいろいろな人たちにお世話になりながら、信用とともに信頼も得て、日本語学校の教師になどになりました。一民間外交官のように活躍し、女王エカテリナ二世に謁見し、帰国を願いでました。その願いがかない、ロシア使節ラックスマンとともに日本に帰国することができました。帰国後、光太夫はロシアの事情について幕府要人の諮問をうけ、幕末の外交交渉にもその体験は多いに役立ったようです。日記や著書によって外国事情をたくさんの日本人につたえた幕末の重要な日本人の一人が、鈴鹿出身の光太夫だったというようなお話でした。

 そんなことで、地区の偉人として、小中学校や高校でも音楽会や演劇で毎年のように取り上げられるなどしており、さらに市民あげての顕彰会組織も充実されつつあるとのお話でした。この研修会を機会に、参加者の何人かが顕彰会に加入しました。

 そのあと、会員の近況報告などを行いました。報告会では副会長の小川正次さんが11月5日、東京で、今年度の厚生労働大臣表彰を受賞されたというおめでたいお話も披露され、ともによろこびあうこともできました。最後に、1月21日の鳥羽市での新春交流会での再会を約し有意義な一日を終えることが出来ました。

●街頭募金
 JRPS三重では網膜募金への資金集めに初めて街頭募金をしました。

 10月8日(日曜日)伊勢大まつりの日だから人出を期待しましたが、許可された所が外宮前の歩道ということで、案外、私たちの前を通る人は少なく店のある反対側ばかり通っていくので引き寄せたいと思いました。

 上空は青く雲一つ無く晴れわたり、飛行機雲が白い線を引いているというぐあいで、秋とはいえない太陽の熱さで、声は枯れ、足はくたびれ、熱さで汗だくでした。
「募金してくれる人がありがたく感じる。これからは募金に協力したい」とTさんがもらしていました。

 それでも奇特な方は一万円札をいれてくれたり、千円札は十枚くらいあったでしょうか。箱が重いくらい小銭もありました。
盲導犬2頭も暑い中頑張って協力してくれました。集計してみれば7万円をこえる金額でした。

 ちなみに、熱さと戦ったのは会員六名(そのうち盲導犬使用者2名)付き添いの方5名で合計11名でした。

ご協力して頂いた役員さん、お疲れ様でした。
街頭募金の様子

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